大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和50年(ラ)75号 決定 1976年4月27日

抗告人

小泉製麻株式会社

右代表者

小泉徳一

右代理人

井口芳蔵

右同

北山六郎

外二名

相手方

中本仲一外一名

右相手方ら代理人

原田昭

外三名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

当裁判所も相手方らの本件申請は、原決定が認容した限度において正当としてこれを認容すべきものと判断するものであるが、その理由は、次のとおり附加するほかは原決定の理由の記載と同一であるからこれを引用する(但し、原決定三枚目裏四行目、同四枚目裏六行目、同七枚目裏一三行目の「二八〇条の三」を「二八〇条の二」と訂正する。)。

(一) 一般に、株式会社はその事業の遂行によつて利益を収めることがあるとともに損失を蒙る危険があることも免れず、会社の定款に、事業目的を記載させる趣旨の一つは、株主に対して、かかる危険の範囲をあらかじめ限定することにある。従つて、それは会社内部においては、主として、取締役会及び業務執行を担当する取締役の活動を規律する役割を果し、取締役がこれに違反するときは行為差止の請求(商法二七二条)、解任(商法二五七条三項)の事由となり、また損害賠償の責任(商法二六六条)を負わねばならない。

そうして、一件記録によれば、抗告会社の資本金は二億三千万円であつたこと、定款には事業目的として「一、麻糸、麻布、麻袋その他繊維工業品の製造加工及び販売二、前号に附帯する事業

本会社は前項の事業に関連附帯する取引又は行為をなすことができる」と定められていたこと、昭和四七年一月二八日の株主総会において、定款の事業目的に「娯楽場並びに宿泊、飲食業の経営」を追加しようとした議案が否決されたこと、しかるに抗告会社はその後約六億九千万円を投じてボーリング場の建築を行ない、同年六月頃これを子会社の旭開発株式会社に賃貸したこと、ところが、その後、右子会社の経営は不振で抗告会社に約一億七千万円の債務を負つたまゝ清算手続に入つたこと、その結果抗告会社は同四九年五月に約一億七千万円の債権放棄を余儀なくされて損害を蒙つたことの各事実を認めることができる。

定款記載の事業目的の前記内部規律の役割からみるとき、抗告会社の右ボーリング場建築、賃貸に関する業務執行には、定款に違反する重大なる事実があることを疑うべき事由があるといわざるをえない。

もつとも、一件記録によれば、当時抗告会社は、主要製品である麻袋の需要が急減したので不況対策を講じる必要があつたこと、その頃、一般にボーリング場の経営は採算よく有望視されていたこと、麻繊維業界の他社にもボーリング場経営をはじめるものがあつたこと(ただし、定款の事業目的変更の手続を経ている)が認められ、さらに昭和五〇年一月に至り抗告会社の事業目的に娯楽場経営諸が明記されたことも明らかであるが、これらをもつてしても前記認定を動かすには至らない。

抗告会社は、定款記載の事業目的の範囲について、そこに記載された事業のため客観的、抽象的に必要でありうるすべての行為を含めて広く解釈すべきである旨るる主張するが、会社の権利能力上の解釈の場合は別として、本件における前記内部規律上の解釈としては適切でない。

(二)  株式会社が新株を発行するに当り、非上場で、しかも店頭気配相場のない場合に公正な発行価格を定めることは必ずしも容易ではないが、一般的には、会社の資産、収益状況、配当性向等を総合的に考慮して、旧株主の持分価値が稀薄化されぬよう新旧株主の衡平をはかりつゝ決定すべきであるといえる。

一件記録によれば、抗告会社は本件新株を一括して株式会社竹中工務店に割当てたもので、その発行価格の算定を株式会社野村総合研究所に依頼し同会社の算定した二三〇円によつているが、右算定方法はいわゆる類似業種比準方式によつて株価を算定したものであるから、この方法では類似業種に属する上場会社の中に適当な類似会社が求められることを前提とするところ、本件では、類似会社選択にあたつて、含み資産、将来の収益見込等の配当利益、純資産以外の株価形性に影響を及ぼす可能性のある要素に著るしい差の存在しないことの確認に十分でない疑いがあるので(同会社作成の株価算定書には株価形成要因の一つである保有土地の含み資産について、抗告会社から関連資料が提出されなかつた旨の記載がある)、ひいては、右新株発行価格は特に有利な価格である疑い、さらには、そのため商法二八〇条の二所定の手続を欠いたこととなる疑いがあり、結局、本件新株発行に関する業務執行には法令に違反する重大な事実があることを疑うべき事由があると認められる。

抗告会社は、類似業種比準方式による場合は含み資産等も考慮されている旨主張するが、類似会社選択が適切に行われた場合は別として、本件ではその選択に前記の疑いがあるので右主張は理由がないし、又、本件新株発行に当り神戸地方裁判所より商法二八〇条の八によつて選任された検査役が既に報告書を提出しているから、さらに検査役を選任する必要はない旨主張するが、右報告書では本件新株の発行価格の当否は対象となつていないのであるから、右主張も理由がない。

(三)  抗告会社は、本件検査役選任の申請は訴訟資料の収集ないし不当な利益を得ることのみを目的としているので権利の濫用である旨主張するが右主張を認めるに足りる証拠はなく、また、抗告会社は、原決定の定める調査限度の記載は客観的に明確を欠くか調査の必要性を欠く旨主張するが、右記載には明確性、必要性に欠くるところはないと認められ、さらに抗告会社は、原決定と当事者及び事実関係をほぼ共通にする別件の神戸地方裁判所昭和四九年(ヨ)第四六六号事件の判決があつたことにより訴訟法上原決定は取消されるべきである旨主張するが、独自の見解であつて当裁判所は採用しない。

そのほか一件記録を調べてみても、原決定を取り消すに足りる違法の点はみあたらない。

したがつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(北浦憲二 光広龍夫 篠田省二)

【抗告の趣旨】

原決定を取消し、相手方らの申請を却下する旨の裁判を求める。

【抗告の理由】

原決定は、抗告人がボーリング場を建築所有しこれを賃貸したことを以て定款所定の事業目的の規定に違反したものとし、又、抗告人が昭和四九年四月一六日開催の取締役会決議により発行した新株の発行価額が「特に有利な価格」をもつてするものとの疑があり、ひいては商法二八〇条の二に違反するものであつたかも知れない疑いがあるとして、検査役を選任すべきものとしている。

しかし乍ら、右判断は、いずれも法律の解釈又は適用を誤つたものであつて、取消さるべきものであること明らかである。

一、定款の目的規定に違反するとの点について

(1) 原決定は、前記ボーリング場の建築、賃貸をもつて、定款違反行為としたものであつて法律違反としたものではない。そして、こゝに言う定款違反とは、定款の事業目的規定に違反したとするものなのである。

しかしながら、定款所定の目的事業をどのように理解すべきであるかについては、単に記載されている事業だけでなく、同事業のために客観的抽象的に必要であり得る行為をも含むというのが判例上確立した解釈である。(昭和二七年二月一五日最高裁判決)会社の所有地を利用して、建築物を建てこれを他に賃貸して収益をはからうとすることは、会社の定款所定目的事業のため、客観的抽象的に必要であり得る行為であることは、言うまでもなく、これが定款所定の目的範囲内の行為であることは、前記判例上明らかなところである。したがつて、抗告人が、会社の余剰人員を充て、会社の所有土地を利用してボーリング場を建築し賃貸したことが、定款の目的規定に違反するとしたことは、明らかに定款ひいては法律の解釈を誤つたものである。

(2) 更に、原決定の「定款の定めに違反した」旨を善解して、抗告人のボーリング場建築、賃貸が、取締役の忠実義務を定めた商法二五四条の二に違反すると判断したものであるとしても、この判断は誤りである。

即ち、取締役の忠実義務とは、本来、会社の利益をはかるために行動する義務であり、自己の私利をはかり、或いは自己本位の行動によつて会社の利益を害してはならない義務である。この点から申して、抗告人の本件行為は、会社の所有土地を利用して収益をあげようとする目的に出たものであることは明らかであり、忠実義務に反するものでないことは明白である。

この点につき、本件ボーリング場の建築及び賃貸が、結果において会社に利益をもたらさなかつたことは、忠実義務違反の問題とは別のことであることを注意すべきである。即ち、会社経営者が会社の為に有益必要であると考えてなした行為が、結果において必ずしも会社の利益とならないことは、経営者が万能でない限り避け難いところであり、この場合がすべて取締役の忠実義務違反と目さるべきでないことは明らかである。本件の場合は、ボーリング場の建築が会社の収益をもたらすものであると信じて、抗告人会社がこれを計画したものであり、私益をはかろうとするものでなかつたことは明らかであり、又、当時のボーリング業界の状況から見て、ボーリング場の建設、賃貸が会社に利益をもたらすものであると会社経営者が信じたにつき注意義務違反と目すべきものゝなかつたことは、当時、抗告人会社と同業の四社をはじめ、東洋防績株式会社、新日本製鉄、川崎製鉄、川崎製鉄等ボーリングに関係のない各社がいずれもボーリング場経営に乗り出した事実をもつても明らかであろう。

(3) 本件につき、原決定が、定款の目的規定に違反するとした行為は、ボーリング場経営ではなくて、ボーリング用建物設備の建設とその賃貸なのであるが、この行為が定款の目的規定に違反するか否かについては、前記(1)で論じたとおり、定款の目的規定の解釈を狭く解し、目的事業として記載されている事業そのものであるか否かを以てすることは間違いである。

このことは、例えば、定款の目的事業中に「駐車場の経営」を含んでいない会社が、その所有の休閑地を利用して駐車場を営んだからといつて、定款違反と目せないことを考えれば明らかであろう。もし、これをも定款違反とするならば、世に存在する多くの会社は多かれ少なかれ定款違反をしていることゝなるのである。特に本件において注目すべきは、ボーリング場建設とその賃貸が抗告人会社にとつて有利且つ必要と考えられる客観的状況が存在したことである。即ち抗告人会社がボーリング場建設、賃貸を計画した当時は、製麻業界は麻袋の需要の減退によつて、従業員の過剰傾向を来しており抗告人会社もその例にもれず、一方、抗告人会社には、ボーリング場に適した国道に面する所有土地があつたので、同地の有効利用と余剰人員を吸収すべき職場を作るためにも、右計画が正に適切と考えられた客観的状勢が存したのである。

(4) 抗告人会社は昭和五〇年一月三一日開催された第一〇七回定時株主総会に於て、改正商法施行に伴う定款変更議案を可決し、目的事項として「不動産の売買、貸借並びに管理」の条項が追加されたので、本件ボーリング場の建築所有賃貸が定款目的内の行為であるか否かを争う実益は、同日を以て消滅した。

二、新株の発行価格について

(1) 本件新株発行につき、含み資産は考慮に入れられていないというのは、独断であり、未上場株式の評価方法に関する理解のない不当な判断である。

本件発行価格の決定にあたつては、客観的妥当性を期するため、野村総合研究所及び日興リサーチセンターに鑑定を求め、慎重を期してこれら両者の鑑定結果のうち高額の方を採用して発行価格とした。

非上場株式の評価方法としては、純資産価額方式、類似会社比準方式、収益還元方式等があるとされているが、これら方式中、純資産価額方式は、特に小会社の株式の評価や会社清算時の株価評価に適し、配当還元方式は特に零細株主の所有株式の評価に適するとされ、営業中の相当規模の会社の株式の流通価額の評価方法としては、類似会社比準方式が適当であるとするのが通説とされている。又税務上の株式評価方法として、相続財産評価基本通達は、第八章第一節「株式および出資」と題して、取引相場のない株式の評価方法につき詳細に規定し、特に抗告人会社の如き規模の会社は類似業種比準価格によつて、その株式の価額を評価すべきことを定めている。

右評価方法は所謂国税庁方式として一般に採用され、証券業者が行う株価の算定も、この方式に準拠して行はれる。

右のところから、前記野村総合研究所及び日興リサーチセンターのなした鑑定はいずれも類似会社比準方式によつているのであるが、もともとこの方式は端的に株価を算定するあらゆる要因(ふくみ資産もその要因の一である)から現出した現実流通価格との比較によつて総合的評価を出そうとするものであり、したがつて、この方式による評価には、含み資産もその決定要因として既に考慮されているのである。右比準価格方式がこのような場合の評価方式として妥当であることは多くの判例の示すところであり、又、比準価格方式をとるとき特に含み資産を考慮する必要のないことについては、「非公開株式の評価と税務」にも記述されているとおりである。

(2) 更に、原決定が「本社工場敷地の転用による将来の収益」をも株価算定に考慮する必要があるとするのは一層非常識である。原決定が右のような将来の収益を考慮すべしとした原因となつたのは、抗告人会社が、本件新株発行に当り、竹中工務店との提携の必要を説明して株主へ通知した乙第九号証中に、レジヤー、流通センター等の構想に触れていることにあるようである。しかしながら申すまでもなく、右記載は、その具体的時期も未定である抗告人会社の将来のビジヨンをのべたものであつて、未だ具体化されているものではない。このようなビジヨンが、土地の評価や会社の収益予想として株価の評価までも左右するというのは、驚くべき非常識であり、このようなことまでも考慮されて株価が評価されれば、極めて主観的且つ水増評価になつて、多くの関係者に不当な結果をもたらすに至ることは言うまでもあるまい。

(3) 抗告人会社は本件新株発行価格の決定には慎重を期して、一流証券会社の鑑定書に基いたが、さらに神戸地方裁判所の選任する検査役の調査報告手続を経た。即ち本件新株発行に際し、神戸地方裁判所に対して商法二八〇条の八第一項による検査役の選任を申請し、これにより選任された検査役の調査報告は既に同裁判所に報告されている。

一般に取締役が検査役の検査にしたがつて行動した場合には、取締役に悪意がある場合のほか特別の責任を生じないと解されている。けだし現物出資の技術的性格に鑑み、すでに特別の公正な機関による調査のもとに是認された事項につき責任を認めるのは妥当でなく、又本来現物出資については、客観的にみて何程の評価が正しいかは、必ずしも絶対的には決定し難いからである。

然るに原審は自ら選任した検査役の公正な報告を無視して、再び検査役を選任して新株発行価格の鑑定を命じているのは、商法二九四条の適用を誤まるものである。

三、権利の濫用について

更に本件は、抗告人会社と相手方ら中本グループとの間の過去二〇年に渉る抗争の歴史に鑑みるとき、相手方ら所有の抗告人会社発行株式の売値吊上げを目的とするゆさぶり戦術の一つとも考えられ、本件検査役選任申請自体が、正に少数株主権濫用の典型的ケースと信ずる。

(1) 抗告人会社の沿革

抗告人会社は我国最古最大の防績会社として明治二三年創業以来その業績は順調に発展して来た。

特に今次大戦後は、昭和二八年以来数回に渉つて英国から新型防織機を輸入して設備の近代化を図り、昭和三八年には滋賀工場を新設し、東京事務所・福岡事務所を通じて全国的に販売網を強化して来た。

又関係会社としては三鱗株式会社(岡山県倉敷市)、和泉麻工業株式会社(大阪府岸和田市)、出雲石油株式会社(東京都中央区)、丸進工業株式会社(岡山県倉敷市)、日本ポリプロバツキング株式会社(大阪市北区)等を擁している。かくて会社一丸となつて業績の向上に努力した結果その売上高は昭和四七年度、一〇九億円昭和四八年度、一四一億円昭和四九年度、二〇〇億円と伸張して現在に至つている。

(2) 中本グループの進出

相手方中本仲一、中本春一は実兄中本薫男を中心にして、昭和二二年七月一九日黄麻製品の売買を目的とする株式会社中本商店(昭和三六年七月一日商号を中本商事株式会社と変更)を設立した。

中本商店は中本グループの中心となり、終戦後の麻袋統制の混乱とインフレによる闇価格の暴騰を利して巨利を博し、強引な営業方針の下に急速な業務の拡大を図つた。

この方針は着々と成功し、昭和二五年頃は中本商店は、石川商店、日本麻袋株式会社と共に全国三大麻袋商の一つにのし上り、全国黄麻製品の七〇パーセントはこの三社が取扱い、中本商店は更にその半分を一手に引受けることとなつた。

折しも昭和二五年六月二五日朝鮮半島に事変勃発するや、米軍の土嚢用麻袋の緊急発注あり、麻袋業界は空前の活況を呈し、特需産業は全国的に繁忙を極めた。

だが、朝鮮事変は昭和二八年六月八日休戦協定成立によつて終了したため、特需は打切られ、一般内需も漸減の趨勢をたどり、麻袋業界は不況に沈淪することとなつた。

この頃から輸入食糧用麻袋は製麻会社(ミルと略称される)の直売方式に切り換えられたため、取扱業者(デイラーと略称される)である中本商店はミルを確保して製麻業界に拠点を構築すべく、黄麻製品の製造加工業者である中越紡織株式会社に着限してその株式を買占め、同社発行済株式総数三〇〇万株中中本グループは二二五万株を取得した。

中本グループが中越紡織株式会社を乗取つたことにより、中本グループは、抗告人会社の小泉グループと競争関係に立つこととなつた。同社は昭和三四年五月、日本製麻株式会社と商号を変更し、黄麻紡織の一本化を完成した。

(3) 中本グループの攻撃

当初中本商店は抗告人会社とは友好関係にあつた。

即ち抗告人会社の総売上高中で中本商店売渡分が占める割合は昭和二四年以降三〇パーセントを上廻り、昭和二八年下期には五一パーセントに上つた。

然るに上述の通り中本グループが中越紡織株式会社を支配するに至るや両者間に競業関係が発生したため昭和三三年六月頃からその友好関係が冷却し、両社間の取引高は抗告人会社総売上高の一〇パーセントを割ることとなつた。

この比率は中本グループがその所有する抗告人会社株式を小泉グループに買取肩替りを要求するに及んで更に減少した。

中本グループの小泉グループへの特株買取要求を廻る両者間の紛争は昭和三三年頃より現在にまで続いている。

その全経過を通じ昭和三三年以来中本グループが一貫して要求して来たものは「中本グループの持株肩替り」「小泉製麻原料、製品全部に対する代理店手数料支払」「丸紅を引込んだ三社出資トンネル会社設立による抗告人会社の分配」であり、これ等はいづれも大株主たる地位を振りかざし、現経営陣小泉グループを脅迫して、自己の個人的利益を追求するところの極めて虫の良い、自己中心我儘勝手な強要であると云はなければならない。

(4) 本件申請

抗告人会社は上述の如く相手方らの中本グループの中核会社である日本製麻株式会社とは競争関係にあり、相手方中本伸一、中本春一は同社の役員又は株主でないとしても、「会社(抗告人会社)と競業を為す者のため其の会社の株式を有する者」(商法二九三条ノ七第一項)であることは明瞭である。従つて本件は競業者からの申請である観点から検討されなければならない。

即ち小泉、中本抗争の歴史から考えれば、本件申請は、相手方が提起した数件の訴訟事件に於ける訴訟資料の蒐集を目的としたものであり、更に遡れば、中本グループの持株を小泉グループへより一層の高値で売付けんとする目的或は抗告人会社を支配して不当な利潤又は中間搾取を狙つたものと解される。

従つて本件は、会社利益の侵害のもとに株主たる資格と無関係な純個人的利益を追求するための権利行使であつて、正に少数株主権の濫用であるとしなければならない。

四、調査の限度について

原決定別紙に記載された「調査の限度」は、それ自体限度を示すものと言えず、少くとも、これによりどの範囲で調査するかが客観的に明確になつていないか、もしくは調査の必要性を欠くもので、結局、原決定は、何を検査するための検査役かを明示しないか、又は検査の必要のない事項につき検査役を選任したものであるというほかなく、下適当な決定として取消しを免れないものである。

(1) こゝに示されている調査の限度の第一は「事件本人会社がボーリング場を建築所有しこれを他に賃貸したことにより会社財産が蒙つた損害を知るために必要な限度」とされている。

先ず、「会社がボーリング場を建築所有しこれを他へ賃貸したこと」自体によつては、本来会社財産は損害を蒙る余地がないのである。ボーリング場を建築するには資金を要するのは勿論であるが、これは、いわゆる資産勘定に属することであり、金銭を失つただけ固定資産が増大したものであつて、会社の財産に損害が生じたものではない。又、同ボーリング場を他に賃貸したこと自体によつても損害が生ずるものではない。

賃貸することにより、自己自ら使用することはできない代りに、賃料債権を取得することにより会社の資産は充足するからである。結局、本件においては、たまたま、同ボーリング場建築後しばらくして、当時の一般経済人の予想を裏切り、ボーリング場の過剰とボーリング需要の激減が起つたゝめ賃借人たるボーリング営業会社旭開発株式会社の収益があがらず、ひいては、抗告人会社の賃料債権の回収が予想どおりできなくなつたことが、損失をまねくに至つたものなのである。

結局、前記のようにボーリング場を建築し他へ賃貸したことによつてではなくて、右賃貸料の回収が不能となつた(少くとも当分回収の見込みがなくなつた)ことによつて、損害を蒙つたものであつて、各損害については、既に、抗告人会社自らこれを認め取立不能と判断された債権額一八四、八四一、四五〇円を放棄して同額を税務対策上損金計上して処理したものである。

現に、ボーリング場の建物及び機械は会社の資産として会社財産の一部を構成しているものであり、結局、右ボーリング場投資に伴つた損失として確定したのは、右債権放棄を余儀なくせしめられた金一八四、八四一、四五〇円なのである。即ち、右に関し蒙つた損害として確定しているのは、右以上でも以下でもない。

右については、既に、会社は帳簿上も明確にしており、且つ税務署の検査も受けたものであつて、今更これにつき、検査役の調査をする必要性は存しないのである。

(2) 次に、調査の限度第二として、原決定は「昭和四九年五月一七日になされた新株発行における公正な発行価格を算出するために必要な限度」をあげている。

右は、本件で右新株の発行につき、その発行価格とされたところが、商法二八〇条の二の第二項にいう「特に有利なる発行価格」に該るか否かが、株主総会決議の要否を決するものとして問題となつていることに関するものである。

しかしながら、そもそも、非上場会社の株式の価格の評価算定にあたつては、種々な方法が論じられており、これら評価方法のうち、本件の発行価格の決定にあたつては、いずれに依るのが妥当であるかが、本件の争点となつているのであつて、これにつき、専門家の二社により鑑定を求めた上、これらが採用したいわゆる類似会社比準方式が妥当と考え、且つ、この方式による場合には、いわゆる純資産方式を妥当とする場合と異り、各資産の含み価格はこれを考慮する必要はなく、考慮すべきでない。

したがつて、前記の第二の調査事項は、まさに、「公正な発行価格」とは何であるか、又、これを如何にして算定するのが妥当であるかという、本件の最も基本的な争点に関し、いずれかの立場を前提としなければ、調査の必要や調査事項自体が判断できない事項なのである。

したがつて、右調査事項は、結局、検査役自身に、本件の最も基本的な争点についての判断を求めることを前提とするものであつて、その判断が示されない限り、調査事項自体が不明であり、又その判断の如何により調査の必要性自体が否定されるのである。

(3) 又、前記第一、第二の調査事項なかんずく第二の調査事項については、前述の点のほか、調査事項の記載はあまりに抽象的であり、解釈の如何により無限に広がり得るのである。

およそ、検査役は、会社の業務及び財産を調査せしめるために選任されるもの(二九四条)であるが、その選任にあたつては勿論調査事項を特定するを要し、その特定にあたつては少くとも一定の範囲が示されなければならない。この点からして、前記のような原決定の調査事項は、結局検査役の調査すべき事項の範囲の判断を著るしく困難とし、結局、それ自体一定の範囲を明示したものとは言えず、不適法と申すほかない。

五、争点効について

本件と全く同一の事実関係に基き、同一当事者間で争訴中の神戸地方裁判所昭和四九年(ヨ)第四六六号職務執行停止等仮処分申請事件につき、昭和五〇年八月一一日判決を以て申請却下の云渡しがあつた(以下仮処分判決という)。

(1) 争点の一

原決定は、「ボウリング場建築賃貸に関する会社の業務執行は定款に違反し且つこれによつて、会社財産に損害を与えている疑がある。」とするが、仮処分判決は、「定款記載の目的自体は会社の担当する社会的作用を立言したに止まり、これに包含されない行為であつても、営利性の観点から客観的に目的遂行に必要又は有益と認められる行為はその目的の範囲に属するものと解される。」「右目的の趣旨内容からみてボウリング場(不動産)建築賃貸行為は必ずしも目的の範囲外と云うことができず、債務者小泉ら四名の取締役が個人的な利益等のために右行為をなしたと認めるに足りる疎明もなく、主観的にも目的外行為ではない。

そうだとすると、債務者会社の定款目的に反したとして、債務者小泉ら四名に対し責任を問うことはできない。」として目的外行為たることを全面的に否認する。仮処分判決は、更にボウリング場建築賃貸行為と会社財産に対する損害との因果関係を否認して曰く、「債務者小泉等四名が債務者会社の経営者としてボウリング場の建築を始めた動機は、会社の経営基盤を強化し、かつ不況対策上やむを得ずなしたものであり、善意による会社運営であることは明らかである。……結果的に会社に対して債権放棄により損失を生じさせたが、これは誰しも予測困難な景気変動によるものでやむを得なかつたといわざるを得ない。もつとも取締役としていわゆる経営責任(道義的責任)はとも角、これが法律上委任関係に伴う善管義務と同一である忠実義務に違反する重大な事実に該当するものと断定するのは無理であるといわねばならない。」と。

(2) 争点の二

原決定は、「本件新株発行価額は特に有利な発行価額であることが疑われ、ひいては右新株発行のためには、商法二八〇条の二第二項所定の手続を要するものであつたかも知れない疑がある。」と述べている。

これに対して仮処分判決は、「新株発行の際の公正価額とは新株を消化し資金調達の目的が達せられる限度において旧株主に最も有利な価額と云うことができる。」「債権者らが、公正額として主張している価額はいづれも純資産方式により算出したものであり、右方法も株価算定の一方式ではあるが、前記公正価額を算出する諸要素をも考慮しているとは云えず、ことに本件の如く、相手方との協力関係に入ることを前提として一〇〇万株の新株を引受けさせるのに右方式を採用することは、会社と相手方の新株発行による利点や、相手方の承諾を得る必要がある事などの点を無視することとなり容易に相手方の理解を得られず、不合理な結果を招く。かえつて債務者らの主張するいわゆる類似業種比準方式による方法が比較対照される会社の選択が適切で、かつ特殊要因による配慮があれば相手方に対する説明も容易であり承諾も得やすく、本件新株発行の目的を達成しやすく、かつ旧株主の利益に反する結果とはならない。」「要は前記の基準から公正価額として算定し、相当としうる株価が一体いくらか、それとの比較において、本件新株の株価が特に有利なものかどうか判断されなければならないのに、債権者らは、右の点について何等疎明せず、その主張は理由がないものと云はざるを得ない。」と述べて新株発行価額が特に有利な発行価額であるとする債権者の主張を全面的に否認する。

(3) 本件検査選任要件を規定する商法二九四条一項は、裁判所が会社に対する監督的地位に基いて、検査役選任という形成行為を発動すべきことを要求し得る前提要件を規定したものと解されている。

而してこれによつて選任された検査役は強力な調査権限を有するので、少数株主による濫用の危険を惧れて、選任の要件には特に厳重な規正が加えられ、少数株主は検査役選任の要件を疎明するだけでは足りず、証明することが要求されている。然るに本件に於て、原審で証明された筈の要件事実が、これに続く仮処分判決に於て全面的に否認されたことは上述の通りである。

一般に同一当事者間の同一事実関係をめぐる紛争において、前行する非訟事件手続による事実認定と判断が、後行する判決手続による事実認定と判断によつて覆えされた場合、前行する事実認定に基く判断は速やかに取消されなければならない。

判決理由中の判断であつても、それが訴訟における重要な争点として当事者が主張立証を尽くし、裁判所もその点について実質的に審理した場合は、その争点についてなされた裁判所の判断に拘束力を持たせようとする考え方は最近の新しい動向であり、近時下級審にもその影響は及んでいる。

【原決定主文】

一、事件本人小泉製麻株式会社の業務および財産の状況を調査させるため

神戸市生田区元町通七―二二―二

登美屋ビル二階

弁護士 本田由雄

を検査役に選任する。

二、検査役の調査の限度を別紙記載のとおりとする。

(別紙) 調査の限度

一、事件本人会社がボーリング場を建築所有しこれを他に賃貸したことにより会社財産が蒙つた損害を知るために必要な限度

二、昭和四九年五月一七日になされた新株発行における公正な発行価格を算出するため必要な限度

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例